回想軽自動車② ~パチスロで一日3万稼げた時代~

小生、フリーターになる

地元に戻るも、
前の残業時間があまりにも多すぎたことですぐに失業手当が受けられた。

こういう状況に陥った時、人はどうなるか。
答えはこうだ!

「イャオ!!(遊ぼう)」

ゲーセンに入り浸り、
三国志大戦というカードゲームにはまる。
地域の代表で大会に選出されるほどだ。
そのほかにやり始めたことが、パチスロだ。

このころ4号機と5号機のはざまの時代。
5号機北斗で、客離れが止まらなかった時代だ。
このころは、ホントしょうもない立ち回りだった。
ただ好きな台を打っていた。

当時のハイエナといっても、
高設定がやめたら座るぐらいだったかもしれないが。

失業手当の支給期間の終わりが見えてきた。
「探すか」

受けたのは地元のプログラマ募集。
経験が1年半しかなかったが、
持ち前の受けがいい笑顔で面接を通過した。

受かってから知った。
また、請負の仕事だ。

サラリーマン TAKE2

次の仕事は、残業は20~40時間だった。
前に比べると許容範囲だ。

休みは決まってパチスロ。
日ごろのストレスからか、土日の休みはたくさん遊んだ。
貯金という言葉は、私の辞書に無かった。
だが、借金をしないことだけは、小さいころからの教えで守っていた。

パチスロもしたい、遊びもしたい、借金はしたくない
どうしたらいいか?

「勝ち続けるしかねえ!」

勝って勝って勝ってやる。

4号機の時代も正直勝てたりしていた。
でもそれは、悪友の指示や情報を元に打っていただけ。
今は、仲間はいない。

攻略誌を穴が開くほど読んだ。
近辺のホールの状況を、ノートにまとめた。
イベントの日を把握した。

そして、勝つ側に回った。

我、ハイエナとなる

イベントとホール状況を読み、当時の高スペック台、
「リングにかけろ」、「スパイダーマン」、「マーベルヒーローズ」、「ガッチャマン」
を、朝からツモりまくった。

そして、5号機でハイエナのさきがけといえるであろう、
「2027」と出会った。
このころから、徹底したハイエナをするようになった。
「2027」ははまればはまるほど、当たり時の恩恵が大きくなるタイプの台だった。
私は、「2027」のシマを徹底的にチェックしていた。
朝から晩まで「2027」のシマにいる生活が続いた。

回想軽自動車③ ~パチスロで一日3万稼げた時代~