回想軽自動車① ~パチスロで一日3万稼げた時代~

生い立ち

198x年、東北に生まれる。
このころは、まだ知らない、絶望の淵に立たされることを。

幼少期

割と、育ちはよく、小学校入学時の代表となる。
親からすれば自慢の子供だっただろう。

小学1~3年生

成績は優秀、運動はひとなみ、学級委員長等をこなす。
友達もとても多く、なに不自由無い生活を過ごす。
今のところ、エリートコース。

小学4~6年生

悪友ができ、部活をさぼりゲーセンに入り浸るようになる。
家では、いい子、成績は、まだ優秀。
エリートコースがぼやけてくる。

中学生

部活をさぼりゲーセンに入り浸るようになる。
悪友がさらに増える。成績優秀に陰りが見える。
ゲームを作る人になると、言い出す。

高校生

成績に陰りが見えるも、地域で3,4番目の進学校に入る。
悪友と離れ離れになりモチベーションがさがりはじめる。
部活にはいらずゲーセンに入り浸るようになる。
何をやりたいのか目標もなく、やる気・目標とは無縁の人間となる。

悪友にさそわれパチンコ屋のモーニングを狙いに行く。
サンダーや大花火を打たされる。大花火は当然3連ドンはずし。
このとき、人生のジャックインもはずしていたのかもしれない。

大学生

地元の工業大学に入学。
特に目標もなく過ごす。

ゲーセンでバイトするが、先輩に嫌気がさしバックれる。
その後、コンビニ働くことに。
暇なときにコンビニ内で鬼ごっこを行い、本部にめっちゃおこられる。
そんなことがありながらも、卒業まで3年間つとめあげる。

このころ、パチスロを覚える。
吉宗、北斗の拳等を好んで打つ。
裏台が当たり前の時代。
当時思ったこと、
「ここは無法地帯だ」

母の勧めで、教員免許を取得するも、教員はめんどくさそうと公務員試験を受けず。
地元の銀行で最終面接までいくも、面接後の会食で煙草を吸うという失態を犯す。
仲良くなった最終面接者は全て合格。私は、銀行からお祈り申し上げられる。
人生の分岐点があるならば、ここが最大の選択だったであろう。
何となく受けて受かったIT関連の職場に行くことを決意する。

社会人1~2年目

地元から脱出し、政令指定都市で働けることに胸が弾んだ。
初めての一人暮らしで夢いっぱい。
だった・・

大手コンピュータ系会社の下請けとして、
大手会社に入っての仕事を行う。

プログラマーは残業がひどいと聞いていた。
最初は20時間だった。
30時間、40時間、60時間、100時間と時間は増えていった。
唯一自由な時間は、昼休みのラーメン屋。
ラーメンを食べるタイミングでいつも「粉雪」が流れていた。

働いている大手コンピュータ会社のボーナス3桁万、
下請けの自分は15万。
政令指定都市のプログラマーに夢を持ちすぎていた。

毎日の残業、朝8時に出社して次の日の昼に帰ることもあり、
日に日に感情が無くなっていく。
家に帰ると、誰もいないのに「ただいま」と言い、テレビに話しかけてしまう。
つーっと、目から水分がながれる。
「仕事、辞めよう」

次の日には、課長を呼び出し、
来月で辞めると言っている私がいた。
引きとめられるも、無理と言い放ってやった。

有給もとると伝えると、有給は使えないよと言われた。
とことんブラックだなと感じた。
「では、労働基準局に相談しますね」
といった途端、次の日には有給とることが承諾された。
とことん、馬鹿げた会社だ。

有給で、北斗SEと秘宝伝をアホほどうった。
感情が戻ってきた気がした。
「よし、地元に帰ろう。」

次回
回想軽自動車② ~パチスロで一日3万稼げた時代~